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最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)191号 判決 1993年2月26日

福井市経田一丁目一六〇二番地

上告人

山本明雄

右訴訟代理人弁護士

小谷愼一

同弁理士

岡本清一郎

福井市小路町四字下円堂一二番の一

被上告人

ニホン・ドレン工業株式会社

右代表者代表取締役

内藤法栄

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年七月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小谷愼一、同岡本清一郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触する点も存しない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成四年(行ツ)第一九一号 上告人 山本明雄)

上告代理人小谷愼一、同岡本清一郎の上告理由

第1点(法令違背)

原判決は以下に述べる理由により、法律の適用を誤り、最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決(同庁昭和42年(行ツ)28号)に違反した違法なものであって、破棄を免れない。即ち、

1、原判決はその理由2(2)<2>に於て、両意匠に係る暗渠排水管の中央壁に突設した突条の機能を対比し、いずれも外圧による管体の変形を防止するために設けられたものであることは当事者間に争いがないとした上で、甲第12号証、第13号証に基き「<イ>引用意匠においては、上記のように、2個の突条が中央壁に背中合せに配置されているに過ぎないため、少しの上下方向の外圧では管体の長手辺の端縁が突条に接触できず、大きな上下方向の外圧が加わったときは、端縁が突条に接触する以前に巻き込まれ、空室部が円形を保つことが困難であり、また、左右方向からの外圧に弱いのに対し、本件意匠においては、上記のように、4個の突条が中央壁に全体として等間隔に配置されているため、上下方向からの外圧が加わったときは、管体の長手辺の端縁は、それぞれ内側の2個の突条に当接し、左右方向からの外圧が加わったときは端縁は、それぞれ外側の2個の突条の基部の近傍に当接して空室部の変形を防止すること。」を認定し、これらの事実から、本件意匠に係る暗渠排水管の方が引用意匠に係る暗渠排水管に比べ中央壁の突条に機能的工夫が加えられていると説示する。(なお、原判決は前記<イ>の事実は当事者間に争いがないとするが、右は上告人(被控訴人)の平成4年5月21日付準備書面2、(2)の記載に明らかに反する)。そして、その機能的工夫により生じた形状に意匠的価値が生じることがあるとした上で、改めて意匠的観点から両意匠における中央壁の突条の形状の差を検討して、両意匠間には顕著な差があるとし「両意匠を全体として観察すると、基木的構成態様は共通するものの、中央壁に突設した突条の構成態様及び中央壁の左右各面が与える印象の顕著な差異は上記共通点を凌駕し看者に異なった美感を与えるものであって、両意匠は非類似のものと認めるのが相当である」と結論づけている。

2、しかしながら、原判決の前記理由中、甲第12号証、第13号証を根拠として認定された<イ>の事実は、特許庁の審判手続に於ては全く主張されていない新たな主張に基づくものである。被上告人は原審に於て、初めて、中央壁突条の機能的側面につき、左右方向、上下方向の土圧に対し、耐圧機能を果たすものとしてその作用効果を主張し、その根拠として本審判手続では提出されなかった甲第12号証、第13号証を提出したものであり、その経緯は以下の通りである。

(1)甲第12号証に係る実用新案出願公告公報平成2-48503号の記載内容は、甲第9号証(審判段階に於て乙第10号証として提出された実開昭61-121227号公開公報)に係る明細書及び図面の記載内容と一致していない。即ち、この実開昭61-121227号については、平成2年2月28日付の拒絶理由通知書が発せられている。この拒絶理由通知書においては、「この出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備と認められるから、実用新案法第5条第3項、第4項に規定する要件を満たしていないため、拒絶をすべきものと認める」とされ、項目(3)で「考案の詳細な説明の記載において、[5頁13行の「空間室を分離する7の部材」および同13~14行の「各先端6、6a」は意味不明のため考案の構成が不明瞭である(「部材7」、「先端6a」は図示されていない)]と指摘されている。これに応答して、平成2年5月14日付にて手続補正書が提出され、甲第9号証に係る明細書及び図面は次の補正事項を含むものとなった。なおこの手続補正書は本審判段階においては提出されていない。そして、この補正事項がそのまま甲第12号証の記載内容となったものである。

(2)補正事項

<1>補正事項1

(a)当初の記載(甲第9号証、以下同じ)

「土圧(重機圧)が2の空室に対して上方方向から(2aに対しては下方から)加わり開口部3の部分の先端6が内側に巻き込もうとする時は5aの突起体により、また土圧(重機圧)が下方方向から加わり先端6が支えられ円形管としてのアーチアクションが即発揮されることとなる。」(第5頁3~9行)

(b)捕正後の記載(甲第12号証、以下同じ)

「土圧(重機圧)が2の空室に対して上方方向から(2aに対しては下方から)加わり開口部3の部分の先端6が内側に巻き込もうとする時は5aの突起体により、先端6が支えられ円形管としてのアーチアクションが即発揮されることとなる。」((2)頁左下から10行目より)

*当初の記載の下線部分を補正により削除したものであり、この削除補正により、内側の2個の突条の作用に関し、「上下方向から外圧が加わったときは、管体の長手辺の端縁はそれぞれ内側の2個の突条に当接し」が初めて主張され、これが原判決の前記認定の基礎となった。

<2>補正事項2

(a)当初の記載

「2aの空間室でも全ったく同様の効果が突起体5b、5cによって発揮されることになる。左右方向からの土圧(重機圧)に対しては2、2aの空間室を分離する7の部材によって各先端6、6aが支えられ、円形管状の水路が確保されることとなる。(第5頁10~15行)

(b)補正後の記載

「2aの空間室でも全ったく同様の効果が突起体5b、5cによって発揮されることになる。

左右方向からの土圧(重機圧)に対してはS字の先端6、6aが板状突起体5、5cの基部7a、7b近傍に当接して空間室2、2aの変形を防止するようにしている。」((2)頁左下4行目から右2行上)

*当初の下線部分の記載を補正しbの下線部分の記載に変更した。

<3>補正事項3

図面の第1図に符号7、7a、7b、6aを附加している

*前記補正事項2、3により、外側の2個の突条の作用に関し「左右方向からの外圧が加わったときは、端縁はそれぞれ外側の2個の突条の基部の近傍に当接して空室部の変形を防止する」が初めて主張された。

<4>補正事項4

(a)当初の記載

「本考案によれば集排水管を土中に埋設した場合、土圧あるいは重機圧が集排水管の全外周各方位から加わった場合にも空間室を圧縮変形することが可及的に防止され、さらに途中での土粒砂が集排水口から入込むことを防止して水路が遮断することを防止することが可能となる。」

(第7頁18~第8頁3行)

(b)補正後の記載

「本考案によればS字体の先端6、6aをそれぞれ中間に挟む如く板状突起体5、5aならびに5b、5cを樋体の中央壁7の上下に対称的に配設したから、上下方向から外圧が加わったときは先端6、6aはそれぞれ板状突起体5a、5bに確実に当接して空間室2、2aの変形を防止できる。また、左右方向から外圧が加わったときは、先端6、6aが板状突起体5、5cの基部近傍に当接して、空間室2、2aの変形を防止できる。また、左右方向から外圧が加わったときは、先端6、6aが板状突起体5、5cの基部近傍に当接して、空間室2、2aの変形を防止する。さらに、管周辺の土粒砂は、板状突起体5、5cにより空間室2、2aへの侵入を防止されて、水路の閉塞を防止できる。」((13)頁左、効果の項)

*補正後の記載によって、中央壁の突条の作用効果が初めて主張された。

<5>補正事項5

(a)当初の記載

「従来の類似管では5a、5bのみがS字の全ったく中央部に配置されており少しの外圧ではこの5a、5bに先端が接触できず、また大きな外圧が加わったときは接触するまでに先端6が巻き込んでしまって円形を保つことが難しかったまた2の空室に対して上からの外圧に対しては多少の効果はあったが、下方方向からの土圧に対しては全く無抵抗であった。」(第6頁8~15行)

(b)補正後の記載

「従来技術(特開昭56-105013)では5a、5bのみがS字の全ったく中央部に配置されており少しの外圧ではこの5a、5bに先端が接触できず、また大きな外圧が加わったときは接触するまでに先端6が巻き込んでしまって円形を保つことが難しかった。又2の空室に対して上からの外圧に対しては多少の効果はあったが、左右方向からの土圧に対しては全く無抵抗であった。」((2)頁右上16行目から)

*当初の下線部分の記載を補正しbの下線部分の記載に変更している。原判決との関係で重要である補正事項は、「下方方向」を「左右方向」と補正している点にある。何となれば、この点、及び甲第13号証の記載内容が、「本件意匠に係る暗渠排水管の方が引用意匠に係る暗渠排水管に比し、・・・中央壁の突条に機能的工夫が加えられている」(原判決19頁下から6行目より2行目)と認定した基礎となっているからである。

(3)ところで、前記甲第12号証、同13号証に基づく被上告人の前記<イ>に関する主張は、審判手続の被上告人の主張と補強的な関係にあるものでは決してなく、全く別個独立の主張、立証と考えるべきものである。即ち、

実用新案法第5条第3項には、「明細書の考案の詳細な説明には、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その考案の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とあり、このことは、明細書が「技術(考案)を公開するための技術文献である。」と言われている所似である。従って当該考案において重要な事項が明細書に具体的に記載あるいは説明されていなければ、それはもはや当業者が理解すべく努力をする範囲を越えるものであって、その場合には明細書が技術文献としての重要な使命を果たさないことになるため、明細書の不備として、出願手続きの無効理由、出願の拒絶理由及び登録の無効理由となる(実用新案法第55条第2項で準用する特許法第18条、実用新案法第11条、実用新案法第37条)。

又、明細書の記載不備を理由として拒絶した特許庁の審決を裁判所が認めた判例として昭和63年2月16日東京高等裁判所・昭和62年(行ケ)221号)は、「明細書に、当該考案において重要な事項が具体的に記載あるいは説明されていなければ、それはもはや当業者が理解すべく努力をする範囲を越えるものであって、その場合には明細書の不備として取り扱わざるを得ない。」と判示する。ところで甲第9号証に係る実開昭61-121227号について発せられた平成2年2月28日付拒絶理由通知書は、前述(2項(1))の通り「意味不明のため考案の構成が不明瞭である。」と指摘し、明細書の記載不備を理由として実用新案法第5条第3項の規定に違背するとする。その意味で本件審決は、いわば被上告人の甲第9号証を含む手続補正前の拒絶理由(記載不備)を有する主張を前提として下されたものであり、前項に詳説した手続補正後の甲第12号証記載の被上告人の新たな主張を前提として下されたのでは全くない。以上によれば、被上告人の原審における前記<イ>に関する主張が全く別個独立のものであることは明らかである。

3、而して、特許庁の審決は独立の権限を有する行政機関が法定の審問手続を経て下す確認的な行政処分で確定力を伴うものであるから、実質的な証拠の法則が類推適用され、裁判所は特許庁の認定が実質的な証拠の裏付けを有するかどうかを審査しうるにとどまるものであって、特許庁の審判手続で主張しなかった新たな事実の主張及び立証は出来ないと考えるべきである。また、仮に審決取消訴訟に実質的証拠の法則の適用がないとしても、特許法、意匠法の関係法規からすれば、審決取消訴訟の審理範囲はつまるところ審決に示された判断が違法か否かにつきる点で自ら制限されると考えるべきであり、その意味で、特許庁の審判手続で審理判断されなかった事実は、当然訴訟手続に於て主張することができないと考えるべきところ、原判決は明らかに、審決の基礎とした事実及び証拠を逸脱して前記事実を認定した上それを基礎として判断したものであり、右は「審決取消訴訟においては、審判手続で審理判断されなかった事実は審理を違法とし、または適法とする理由として主張することができない」と判示した前記最高裁判所の判例に違背し、かつ意匠法第3条に違反するものであることは明白である。

第2点(理由不備または理由齟齬)

原判決には、次の点において理由不備または理由齟齬がある原判決はその第20頁6~12行に於て「暗渠排水管の需要者は、管体の断面形状に強い関心を持ち、断面に現われる、略倒S字体の管体の内面に中央壁を介して左右に相隣合う空室部、集水口である開口部及び管体の外面に突設した板状突条により形成される基本的形状のみならず、中央壁に突設した突条の構成態様についても強く注意を引かれるものと認めるのが相当である」とし、基本的形状も強く注意を惹かれる部分であると認定している。

それにもかかわらず、第22頁3~8行に於ては、一転して、「両意匠を全体として観察すると、基本的構成態様は共通するものの、中央壁に突設した突条の構成態様及び中央壁の左右各面が与える印象の顕著な差異は上記共通点を凌駕し、看者に異なった美感を与えるものであって、両意匠は非類似のものと認めるのが相当である」と、中央壁に突設した突条の構成態様のみを重視しているのであり、この点が原判決の基礎をなしている。

しかし、一定のまとまりを表出し、両意匠の特徴を強く現している基本的構成態様(原判決も、基本的構成態様を強く注意を引かれる部分と認定している)が何故軽視されるのか、その推論の過程が判決に影響を与えるもっとも重大な理由となるべきところ、この点に関し、原判決は何ら判示するところがない。

「暗渠排水管の需要者は、管体の断面形状に強い関心を持つ」との原判決の認定からすれば、地盤水の集排水機能を営む暗渠排水管の特性に着眼して全体観察を正しく行えば、管体の断面形状のうち、一定のまとまりを表出して最も見やすく、又機能的にも重要な基本的構成態様が当然に最重要視されてしかるべきである。

しかるに、原判決は、全体観察を誤り、審決の認定範囲を遙かに超えた前記認定を根拠に部分観察に偏り、意匠法3条1項3号の規定の解釈適用を誤ったものであるから、この点に於ても、判決に影響を及ぼすことの明らかな重大なる法令違背があるものというべきである。

以上

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